ざっくり振り返り

最近思ったことをテキトーに振り返りながら整理していきます~

メモの魔力を読んで

 メモの魔力は僕にとって本当に学びの多い本でした。多分、前田雄二さんの思考の飛ばし方が本当に似ているからだと思います。僕は14年間ぐらいサッカーをやっていました。毎日の練習はルーティンのようになりがちです。その中でどのように自分の中の気づきを見つけ、還元していくかが本当に重要だと考えていました。なので練習中に本当に頭をフル回転させて誰よりも多くの情報を入れて、処理をできるようにしていました。前田さん風に言うとしたら「毛穴をぶち開いて練習していました。」サッカーの場合はプレー中あまり考えているとダメだったのであまり向いていなかったのかもしれませんが…(よく試合中に一つのプレーが頭から離れなくなっていました笑)

 とにかく、毛穴をぶち開いて日常から学びを得ることは感覚として分かっていました。その次の抽象化と転用は少しまだ試行錯誤中です。

 気づきを書き溜めるにつれて僕の傾向が見えてきました。僕はどうも思考を飛ばすのは僕が人からどのように見えているか考えるのが得意。また枠組みを決めてその中の最適解を考えるのも好き。僕が人からどう見えているかが考えるのが得意というのは小さいころからそうで親や周りの大人たちが何をしてほしいのか察するのが得意でした。僕はそれがとても嫌で、このように言ったら怒られるかもしれませんがもっとADHDの人たちのように人の目を気にしないで行動したいととても思っていました。けどこれって意外と長所になりえると思うようになりました。僕にとって僕の見え方というのは自分事ととらえられるものの範囲なのでその範囲を増やしていくと覆うの事柄に対して注意を向けられるし、気づきも倍増するのではないかと思います。自分事の増やし方は少しトライを重ねてみてかなという感じがしています。ありえそうなのは多くのことにトライしておくのと自分だったら視点で物事のすべてをみることかなと思います。

自分よりも実力のある人と話してみて

 最近、二人ほど僕が尊敬している人と二人っきりでお話をさせていただくことがあったのですが、僕の中では不完全燃焼で二人とも終わってしまいました。時折盛り上がるのですが、まだまだ引き出せていないというのと二人とも最後はつまらないと思わせてしまって終わったのではないかと思っています。根本的な原因は守りに入ったということだと思います。守りに入り、自分をさらけ出さなかった。深い話になり自分がついていけなくなるのを怖がる、見当違いの質問をするのを怖がる。これらの理由によって、浅めの話が多かったのだと思います。怖がらず、腹をさらして、等身大でぶつかっていきたいです。

 実力がある人と話すのは僕にとって多くの学びがあります。僕は前述のように人からどのように見えているかをよく考えるので実力がある人がどのように僕のことを見ているかから、なぜこの話を僕にするのか、この人はどこに注意を払っているのかをよく考えられるきっかけになるので学びが多いです。改めてお二人と食事をさせていただいてそれを感じました。